2014年7月22日火曜日

祖父の話

祖父が初めからいなかったら本屋にならなかったし、祖父が死ななかったら本屋はやってない。


物心着いた頃から、田舎のスーパーマーケットに併設された小さい小さい本屋(確か岡山にあるY書店の系列だった)で祖父に本を買ってもらっていた。コミックと雑誌の新刊と参考書が並ぶ(はずなのに品揃えがあまり変わらない)恐ろしい程に没個性的なださい本屋だった。ぼくはそこが大好きで、「プラザの本屋」と呼んでいた。スーパーマーケットの名前の一部を取ってそう呼んだのだと思う。今もあるのかどうかは分からない。行かなくなったから。


祖父はぼくに本を買うのが好きだった。祖父は読書が人間を偉くすると思っていたので、ぼくが本を読むことを喜んだ。


「偉いのう、しょうらしい(賢い)のう」と褒めてくれた。「末は博士か大臣か」と本気でぼくに言った。


ぼくは褒められることを喜んで、そしてぼくが本を読むことで誰かが幸せな気持ちになることを誇りに思った。祖父が好きだったし、祖父もぼくが好きだった。また買ってもらって、また読んだ。祖父の家から帰る時にも、祖父はぼくに小遣いをくれ「本を買え」と言った。家に帰ってまた本を買った。


今振り返ると何を買ったのかは、当時流行ってたマンガやたいしたことない文庫本や雑誌だったが、それでも祖父は喜んだ。喜ぶから、この前貰った小遣いで買った本は報告した。報告する度に喜んだ。


ぼくの読書の原体験だった。


しばらくすると中学で国語を教えていた父親の書斎で、すこし難しい本や古典を読んだ。それも祖父に言った。喜んだ。両親もまずまず喜んだけど、祖父が一番だった。


反抗期に酷いことを言っても、それでもやはり祖父の家から帰る時には本代をくれた。やはり買って、何を買ったかは伝えた。


ずっと、本を読むと立派になると言い、だからぼくが偉くなると思っていた。あと、まともになるとも。


まともにはなったかは、はかりかねる。立派にも偉くもなれなかった。が、祖父のおかげで今も本が好きだ。原体験として通ったあの底知れずださいスーパーマーケットの本屋を今も思い出す。小遣いを数え、買える本をその予算の中から選んだあの店を覚えている。


ぼくがやりたいのは、あんな本屋だと思うようになった。ださくて、垢抜けない、あるからただなんとなく行く場所。今は小さい本屋に、ローカリティや個性や主張ばかりが重要視される。ぼくはピンと来ない。あんまり興味も持てない。進歩性と本屋がピッタリとイコールで繋がらない。もっとださくて良いように思う。野菜を食うことに進歩性を孕ませても、町の八百屋は無くなっていく。こぎれいなオーガニックレストランは増えるけど。ぼくはそういうやり方で本屋を残したくない。全然良いと思えない。ネットマーケットやデータをこき下ろして、モノに付加価値を見出させるのも好きじゃない。


もう一回、ぼくはF.A.Zであのださい田舎のスーパーマーケットにかつてあった本屋をやろうと思っている。祖父と行った場所をもう一回作ろうと思っている。なかなか品揃えが変わらない、いつ行ってもレジに同じ店員がいる店。何を置くかはぼくが決めるので、中身だけは違うが。


もっともっと、本屋を、F.A.Zを、恐ろしく普通の場所にするべきだと思う。誰かに体験を与えるだけ与えて、そこから何を思うかは、何をするかは、本屋が干渉することではない。純然たる消費者に、純然たる本を、お金と交換に渡していくだけの場所。それがF.A.Zであれば良い。


祖父は普通が一番だと言った。ぼくもそう思う。


大人になっても、恥ずかしながら祖父はぼくに「本代」をくれた。なぜか断り切れなかった。本を買った。次第に何が好きか分かってきた。幾つかの本には、2度と消えないであろう衝撃や戦慄や、静かな驚きや感銘を受けた。J.M.クッツェー、ヘルタ・ミュラー、ジョー・ブレイナード、ナサニエル・ホーソン、ジョン・アップダイク、クレア・キーガン、ナディン・ゴーディマ、レイナルド・アレナス、、。海外文学が多かった。すべて祖父と同じことを言っているような気がした。普通になれと。普通になりたいと。みんなと同じがいいと。切望していた。ぼくも切望した。遠い国で書かれた本から、アフリカの噎せ返る暑さやシベリアの凍える殺伐とした冷気を感じ、空っぽになったルーマニアの風景に怯えた。その度にぼくは祖父のことを考えた。


祖父が死んで、場所がたまたま見つかり、それで本屋をやろうと思った。もう一回あの場所を作ろうと思った。あの時のぼくと祖父のような人たちが来る場所にしたいと思う。本を読んで、誰かのことを好きになって欲しいと思う。それはすごく普通なことで、ぼくはぼくが好きな人たちみんなに普通で居続けて欲しいと思う。来てくれる人たち。


こんなことを書いて、誰か興味を持つのか分からないけれど、一応うちの指針として表明しておこうと思う。


閑話休題で筆を置きます。日曜日だけの営業ではありますが、これからもよろしくお願いします。


BOOK DEPT. F.A.Z


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